熊本地方裁判所八代支部 昭和46年(ワ)131号 判決 1973年10月23日
原告
前田政喜
被告
橋本長太郎
ほか一名
主文
(一) 被告らは、各自、原告に対し五五三万八九四二円とこれに対する昭和四七年一二月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 原告の被告らに対するその他の請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は、これを四分し、その一を被告らの、その他を原告の各負担とする。
(四) この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。
事実
第一当事者双方の求める裁判
(原告)
一 被告らは、各自、原告に対し二〇〇〇万円と右金員に対する昭和四七年一二月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告らの負担とする。
三 仮執行の宣言
(被告ら)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者双方の主張
(原告の請求原因)
一 事故の発生
原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。
(一) 発生時 昭和四三年一二月一一日午後四時二五分頃
(二) 発生地 熊本県水俣市袋字神の川国道三号線路上
(三) 被告車 普通乗用自動車(熊四ひ六七三)
運転者 被告 橋本岑生
(四) 原告車 普通貨物自動車(熊四ぬ八一三三)
運転者 原告
被害者 原告
(五) 態様 被告車が原告車に追突
二 責任原因
(一) 被告橋本長太郎は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により運行供用者責任がある。
(二) 被告橋本岑生は、本件事故発生につき前方不注視の過失があるから民法七〇九条により不法行為者責任がある。
三 損害
(一) 受傷の態様
原告は、本件事故により、頸部挫傷、腰部挫傷、頸部外傷の傷害を負い、装具を装用しないと歩行能力が落ち、腰部に疼痛を生じるようになつた。そのため、原告は、昭和四三年一二月一一日から昭和四四年四月二八日まで水俣市桜井町岡部病院に入院し、引き続き通院治療を続けたが好転せず、同年六月二三日から昭和四六年九月三〇日まで水俣市立病院附属湯之児病院に入院した。しかし、原告には、後遺症として脊椎変形があり、労働者災害補償保険六級に該当し、労働は不能である。
(二) 損害額
(1) 水俣市立病院附属湯之児病院入院費 一〇五万五〇六九円
(2) 入院雑費 二九万〇七〇〇円
入院雑費として、一日三〇〇円を要することは明白であるから、 二九万〇七〇〇円(969日×300円=290,700円)となる。
(3) 休業損害 六六六万円
(イ) 原告は、本件事故当時住所地において、鮮魚商を営み、平均月収一八万円をあげていたが、本件事故により前記傷害を受け、昭和四三年一二月一一日より昭和四七年一月一〇日まで三七カ月間休業のやむなきに至つた。そこでその間の休業損害は六六六万円(180,000円×37月=6,660,000円)となる。
右一八万円の算出根拠は、次のとおりである。
(a) 原告が本件事故直前三カ月の平均仕入金額は、月額八一万七一二九円であつた。その内訳は、次表のとおりである。
<省略>
魚は長持ちしないことは当然であり、仕入れた以上は売れなければ捨てるほかない。したがつて仕入れは売れる量を慎重に検討して行われており、確実に売れる量しか仕入れないのである。
仕入れた魚を売る時は、仕入れ値に二割五分を加えた値を売り値としている。したがつて一カ月の総売り上げ高は一〇二万一四一一円(817,129円×1.25=1,021,411円)となる。
右総売り上げ高中、荒利益は、ほぼ二割五分である。したがつて荒利益は、一カ月二五万五三五二円(1,021,411円×0.25=255,352円)となる。
右荒利益から、自動車経費その他必要経費約七万五〇〇〇円を控除すると、純利益は一カ月一八万円となる。
なお、課税の際は、仕入れ値の二割五分を純利益として算出しているが、この方法によれば二〇万四二八二円(817,129円×0.25=204,282円)となり、純利益は一カ月二〇万円となる。
(b) 仮りに、右事実が認められないとしても、原告は、以下のとおり一カ月一六万〇一五七円を支出していたから、少くとも同額以上の収入があつたことは明らかである。
保険金掛金 総計六三一〇円
信用金庫返済金 元利合計六万三五四七円
九州ダイハツ自動車への払込み金 二万七〇〇〇円
原告の家族三人の生活費 六万三三〇〇円
(4) 逸失利益 一四八六万〇八〇〇円
原告は、右後遺症の確定した当時五八才で、先に述べたとおり鮮魚商として月収一八万円をあげていた。しかし、本件受傷による後遺症のため、今後営業を続けることは不可能となつた。鮮魚商の就労可能年数は、六五才になるまでの七年と考えられる。したがつて六五才までの得べかりし利益は、年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一四八六万〇八〇〇円(180.000円×12月×6.88=14.860.800円)となる。
(5) 慰藉料 四五〇万円
原告の前記受傷の態様、入通院期間、後遺症の程度から、慰藉料として四五〇万円を相当とする。
(6) 弁護士費用 二五〇万円
(7) 合計 二九八六万六五六九円
(三) 損害填補
原告は、本件事故により自動車損害賠償責任保険より後遺症六級該当として一五〇万円の支払をうけたほか、さらに、被告橋本長太郎より四一万円の支払をうけているから、これらの金額を前記損害額合計から控除すると、二七九五万六五六九円となる。
四 結論
よつて、原告は、被告らに対し右二七九五万六五六九円の内二〇〇〇万円と右金員に対し本件事故発生の後である昭和四七年一二月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(請求の原因に対する被告らの答弁)
一 第一、第二項、第三項(三)は認めるが、その他の事実は不知
二 原告の腰部捻挫あるいは脊椎変形症は、本件事故と無関係に存在し発症したものである。仮りに、本件事故が契機となつて、既に原告のうちに潜在していた老人性脊椎変形を発症させたものとするならば、本件事故が右症状に寄与した割合の限度で責任を定められるべきものである。
三 原告は、本件事故前小売商としてその主張額にかかる魚の取引をしていたものではない。したがつて、小売業者の利益率をもつて論ずることはできない。また、仮りに原告のいう取引が卸商とみるべきものであつたとしても、原告は、自ら市場で仲買いすることができず、正規の仲買人が一旦買いうけたものをさらに譲り受けてこれを他へ運んでいたものであるから、いわば流通機構からみれば通常より一段階余計な手数をふんでいたもので、したがつてその利益率も通常の同稼業者のそれよりも減少しているのである。
原告は、保険料支払等の事実の存在をもつて、これに対応する所得の存在があつたとするが、原告の経済事情がしかく余裕あるものであつたとは到底考えられない。
原告は、後遺症等級六級を認定されておりその労働能力は皆無になつたと主張する。しかし、原告は、湯之児病院退院の後昭和四六年一一月一二日適性試験を受けて自動車運転免許証の交付を受けていることからみれば、その当時、原告にはすくなくとも「自動車の運転に支障をおよぼすおそれのある四肢または体幹の障害がなかつた」(道交法施行規則二三条)ものと認められるし、又、原告はかなり早い時期から自転車を乗り廻していたことが認められる。以上からすれば、労働不能とは考えられない。
鮮魚商の仲買人においては、実際働いている者の最年長者は六二才であつて、仲買人として高令まで働きうるものではない。
四 被告らは、原告主張の入院治療費のうち一八万四六五六円を支払つたから、これを控除すべきである。
第三当事者双方の提出、援用した証拠〔略〕
理由
一 (事故の発生)
本件事故の発生については、当事者間に争いがない。
二 (責任原因)
被告橋本長太郎が被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたことは、当事者間に争いがないから、同被告は、自賠法三条により運行供用者責任がある。
被告橋本岑生には、本件事故発生につき前方不注視の過失があることは、当事者間に争いがないから、同被告は民法七〇九条により不法行為責任がある。
三 損害
(一) 受傷の態様
〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故により頸部挫傷、腰部挫傷、頭部外傷の傷害を負い、昭和四三年一二月一一日より昭和四四年四月二八日まで水俣市桜井町岡部病院に入院し、引き続き同年六月一九日まで通院治療を続け、同年六月二三日より昭和四六年九月三〇日まで水俣市立病院附属湯之児病院に入院したこと、原告は、本件事故後、後遺症として変形性脊椎症を残し、そのため、作業の耐容性については立位坐位ともに不良、歩行能力不良、頸部、腰部について筋緊張感、圧痛、運動痛を訴えていること、右後遺症につき労働者災害補償保険六級の認定を受けたことが認められる。
しかし、他方、〔証拠略〕によれば、原告の前記受傷部位のうち、頭部、頸部については、原告は事故直後痛みを訴えたが、腰部については事故後昭和四四年一月一六日に至り始めて痛みを訴えるに至り、レントゲン撮影の結果も特別の脱臼、骨折を疑わせる骨の変化は認められなかつたこと、原告は、本件事故当時五五才であつたが、前記変形性脊椎症には、経年性変化が随伴する場合が多いこと、原告の症状には、本件受傷を契機とする心因的要素による部分も存在することがうかがわれる。
以上の事実を総合すると、原告は、事故前から潜在していた軽度の老人性脊椎変形症を有していたところ、本件事故による腰部挫傷が契機となつて前認定の後遺症の発現をみるに至つたものと推認することができる。したがつて、右後遺症のうち、事故の寄与した限度で、被告らに賠償責任を負担させるのが相当であるから、本件においては、逸失利益、慰藉料については、八割の限度において本件事故との間で相当性を肯定すべきである。
(二) 損害額
(1) 入院治療費
〔証拠略〕によれば、原告は本件受傷により、水俣市立病院附属湯之児病院に入院し、昭和四五年七月一日から昭和四六年九月三〇日までの治療費として一〇五万五〇六九円を負担したことが認められる。したがつて、原告は、同額の損害を受けたものといえる。
(2) 入院雑費
本件受傷により、原告が九六九日間入院したことは先に認定したとおりである。入院雑費としては、一日三〇〇円を相当とするから、原告は、本件受傷により二九万〇七〇〇円の損害を受けたものということができる。
(3) 休業損害
(イ) 収入
(a) 〔証拠略〕を総合すると、以下の事実が認められる。
原告は、本件事故当時、水俣市内で鮮魚商を営んでいたが、本件事故前三カ月間の鮮魚類の仕入額は次のとおりであつて、一カ月の平均仕入額は、七三万二六九六円となる。
<省略>
ところで、原告は、昭和四一年七月頃から鮮魚商を始め、仲買人として水俣魚市場から鮮魚類を仕入れ、そのほとんどを小売していたが、昭和四三年六月二〇日に至り、これに先立ち他から融資を受けていた開業資金、その後における店舗の改築費用等の返済に追われ、水俣魚市場に対する買掛金債務の支払ができず、取引停止を受けるに至つた。そこで、やむなく、原告は知人の仲買人を介して米の津、阿久根方面から鮮魚類を仕入れて営業を続けていた。原告の営業形態は、原告が中心となり、原告の妻ツルノと同人らの息子が手伝うというものであつた。本件事故後、昭和四四年四月頃まで右ツルノが営業を続けたが思わしくなく、結局廃業するに至つた。
鮮魚類小売商の荒利益は、仕入額の二割ないし二割五分程度である。
(b) 以上の認定事実によれば、事故前三カ月における原告の仕入状況からみれば、その利益率は同業者よりも低かつたものと考えるほかはないから二割と推認するのが相当である。したがつて、一カ月の荒利益は一四万六五三九円となる。そして、右収入を得るための諸経費として車のガソリン代等一カ月七万五〇〇〇円程度であつたことは原告の自認するところである。したがつて前記一四万六五三九円からこれを控除すると一カ月の純利益は七万一五三九円となる。
しかし、右利益は、原告一人の働きによるものでなく、同人の妻、息子の協力のもとに得られたものであることを考慮すると、同人の稼働による利益は、右金額から更に一割を減じた六万四三八五円程度に見積もるのが相当である。
(c) 原告は、事故当時、毎月一六万〇一五七円の支出があつたから少なくとも同額の収入があつたと主張するが、原告の前記生活状態からみると、右支出がすべて原告の収入のみによるものといえるかは疑問であつて、これをもつて原告の収入を推認することは困難である。
(ロ) 休業損害額
原告が本件受傷により昭和四三年一二月二一日より昭和四六年九月三〇日まで入通院して治療を続けたことは、先に認定したとおりである。したがつて、原告は、本件事故により、少なくとも三四カ月間休業を余儀なくされたものといえるから、その間二一八万九〇九〇円の損害を受けたものといえる。
(4) 逸失利益
本件事故当時原告の稼働による利益が一カ月六万四三八五円であること、本件事故後、前記後遺症を残していることは、先に認定したとおりである。しかし、〔証拠略〕によれば、原告は、昭和四六年一一月一二日普通一種、自動二輪の運転免許を取得していること、原告は、自転車にも乗車することが可能であることが認められる。したがつて、今後、原告は、軽作業にも従事できないものと推認することは困難というほかはないから、右後遺症による労働能力の喪失率は五〇%とみるのが相当である。
〔証拠略〕によれば、原告は、右後遺症がある程度確定したと認められる昭和四六年一〇月当時、五八才であつたことが認められる。したがつて、原告は、少なくとも六五才に達する頃までの七年間、鮮魚商を続け、右収益を得ることができたものと推認される。
以上によれば、原告の逸失利益は、年五分の割合による中間利息を控除して算出すれば、二二六万七六〇四円となる。しかし、前記本件事故の寄与度を勘案すれば、賠償額としては、右金額の八割にあたる一八一万四〇八三円が相当である。
(5) 慰藉料
原告の受傷の態様、入通院期間、後遺症の程度は先に認定したとおりであるから、慰藉料としては二〇〇万円を相当とする。しかし、前記本件事故の寄与度を斟酌すると、慰藉料としては、右金額の八割にあたる一六〇万円を相当とする。
(6) 合計
以上合計すると、原告の損害額は、六九四万八九四二円となる。
(三) 損害填補
原告が本件事故により強制保険金一五〇万円、被告橋本長太郎より四一万円、合計一九一万円の支払を受けていることは、当事者間に争いがない。
被告らは、原告主張の入院治療費のうち一八万四六五六円を支払つたと主張するが、本件全証拠によるもこれを認めることはできない。
そこで、原告の前記損害額から一九一万円を控除すると五〇三万八九四二円となる。
(四) 弁護士費用
弁護士費用としては、認容額の一割の限度で事故との相当性を認めうるから、事故による損害としては五〇万円となる。
四 結論
よつて、原告は、被告らに対し、五五三万八九四二円とこれに対する本件事故発生の後である昭和四七年一二月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その他は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 福永政彦)